2024/3/29 トレゾニエ × IWA イベントレポート

富山の食の豊かさに舌も心も踊る

至極のペアリングディナー

 

 

取材&文:つぐまたかこ

写真:梅田 聖翔

 

3,000メートル級の山々と水深1,000メートルの富山湾。

標高差4,000メートルという希有な地形が育む海の幸、山の幸、清らかな水、

脈々と受け継がれている発酵の食文化を新たなマリアージュで堪能するディナーイベントが開催されました。

トレゾニエのシェフ・田中 逸平さんの繊細なフランス料理とアッサンブラージュという手法で日本酒の新たな可能性を作り出した立山町白岩の「IWA」。

富山だからこそ、そしてこの両者にしかできない一夜限りのペアリングディナーです。

 

 

富山へのリスペクトから生まれる至極のテロワール

富山駅から山に向かって車を走らせること、40分。リバーリトリート雅樂俱は、背後に緑の山々を抱いてゆっくりと流れる、神通川のほとりにあります。リバーリトリート雅樂俱内のレストラン「トレゾニエ」は、フランス語の「Trésor(宝物)」と「Saisonnier(季節)」から名付けられました。シェフの田中 逸平さんは、神戸のホテルで腕を磨いたのち、2010年にリバーリトリート雅樂俱のフレンチレストランの立ち上げのために富山に移住。2020年、トレゾニエのシェフに就任しました。自ら野菜を育て、山に入って食材を探しながら、料理に向き合う日々。県内屈指の港・新湊の未利用魚を肥料にして野菜を育てたり、富山の薬膳や漢方を料理に落とし込むことにチャレンジしたりと、地元の生産者や事業者のみなさんと一緒に、富山でしか味わえない、トレゾニエだからこそ、いわば田中シェフならではのテロワールを生み出しています。

 

リバーリトリート雅樂俱 トレゾニエ シェフ 田中 逸平

 

このトレゾニエとコラボレーションするのは、立山連峰の麓・白岩で醸された日本酒「IWA 5」。ドン ペリニヨンの5代目醸造責任者を務めた、リシャール・ジョフロワ氏が創立した酒蔵です。リシャール氏は、伝統的な手法で造った日本酒を、「アッサンブラージュ(ブレンド)」することで、今までにないバランスの味わいや香りに仕立てあげています。1年ごとに少しずつ変化するその美しいバランスは、立山の風土からインスピレーションされた、テロワールに違いありません。

 

IWA 創立者 リシャール・ジョフロワ氏

 

料理と日本酒がお互いに引き立て合う極上のマリアージュ

月の輪熊、白えび、なまこ、大沢野のらっきょう、くりたけ、しばたけ、ネギ、クレソン…最初のアミューズから、富山の恵みを感じるスタートです。合わせるのは、「IWA 5 Assemblage 4」とクロモジのカクテル。山の香りを受け止めた日本酒と、山海里の幸のマリアージュ。幾重にも重なる味覚が、雄弁に富山の食の豊かさを語っているようだと思っていると、ゲストとしてテーブルについていたIWA  創立者のリシャール氏が、解説してくれました。「日本酒には普遍的な価値がある、和食以外のものとの相性もいい」と。

 

   

新湊 なまこ・大沢野 らっきょう         船倉 そば粉のガレット・月の輪熊

 

鰤のタルタルと葉わさびに葉わさびのオイルやキャビア、ほんのりベルモットを効かせた前菜には、青さを感じる2021年の「IWA 5 Assemblage 3」 、フェンネルやカリフラワーのソースを添えた野菜だけで構成する2品目の前菜には、ハーブのニュアンスがある2022年の「IWA 5 Assemblage 4」、そして、IWA 5の酒粕をソースにした立山鴨の薪焼きには、2020年販売の「IWA 5 Assemblage 2」を38度のぬる燗で。華やかな日本酒は、食中酒としていただくと、ときに香りが邪魔をすることもありますが、今回のペアリングは、華やぎのある香りなのに、料理を引き立てる秀逸な組み合わせ。田中シェフの料理に合わせて、ジョフロワ氏がアドバイスしたそうですが、ペアリングのセンスはもとより、同じ土地で育まれたものだからこその、そこはかとない相性の良さが感じられるのです。

 

   

前菜 新湊 鰤のタルタル・葉わさび           前菜 畑の野菜

 

メインの魚と肉も、富山らしさ…というより、田中シェフの個性とIWA 5の懐の深さで魅了してきます。鱗をカリッと焼いた甘鯛に、山菜のシャクや山人参を合わせた、まるで日本料理のような魚料理に合わせたのは、前菜の1品目と同じ「IWA 5 Assemblage 3」ですが、温度を変えて日向燗で。温度帯で風味が変わる日本酒の楽しさを、田中シェフらしい繊細な味わいの料理がより鮮明にしてくれます。

 

魚料理 新湊 甘鯛・シャク・山人参・甘鯛のコンソメ

 

IWA の酒蔵近く「立山カシワファーム」で放牧されている牛のステーキの横にも、行者ニンニクとカタクリ。山菜をフレッシュに近い状態で放牧牛と違和感なく合わせるのは、土地のものどうしの相性を知り尽くしている、田中シェフならではの料理です。その料理に寄り添うのは、酒蔵とっておきの「IWA 5 Reserves」でした。

 

肉料理 立山放牧牛・行者ニンニク・カタクリ

 

 

ここでしか味わえないもの、この人にしか作れないもの

料理を味わいながら、ずっと思っていたことがあります。「田中シェフは、きっとやさしい人なんだろうな」と。料理は人なり。野菜も魚も肉も、豊かな土壌や海に育まれた力強い味なのですが、シェフの手にかかると、やさしい味わいになり、食べたときにほんわか幸せな気持ちになるのです。富山が誇る力みなぎる食材に真っ向から対峙するのではなく、一度やわらかく受け止めながら、最小限の手を加えて魅力を引き出しているのでしょう。その「最小限の手」がどれぐらいなのかは、産地をめぐり、生産者に会い、土や水に触れ、この土地の郷土料理を深掘りしながら、シェフが試行錯誤して確立していったに違いありません。

 

夕食前にプレゼンテーションされた、今夜使用される食材達

 

白岩という場所を初めて訪れたときに、インスピレーションを感じて酒造りを決めたという株式会社 白岩の創立者 リシャール氏と、アプローチは違いますが、土地へのリスペクトは同じなのだと実感しました。だからこそ、この素晴らしいペアリングディナーが実現したのだ、と。
おいしいものは、世界中にたくさんあります。美しい料理も、素晴らしい飲み物も、星の数ほど存在しています。だけど、この場所でしか味わえないものは、そう多くはありません。
まわりには山と川しかない、言ってしまえば“不便な”場所にある、リバーリトリート雅樂倶のレストラン「トレゾニエ」でのひとときは、この場所にあるからこそ、そして、田中シェフとリシャール氏だからこそ作りあげることができた、至極のペアリングディナーでした。